「思いやりってなんだろう懇談会」を終えて

 コミュニティ・スクール主催で,「思いやりってなんだろう懇談会」が2月17日に開催されました。6名の保護者の方に参加いただいて,ひととき,心地の良い時間を過ごすことができました。どんなことが話し合われたのか,内容の具体的なところは,後ほどコミュニティ・スクールとしての報告もあると思います。ここでは,私自身が,参加された方々と「対話」を進めながら,改めて考えたこと,思ったことを記してみたいと思います。

 今回の懇談会は,本校の重点目標でもある「対話」を意識して進めました。「対話」と似たような言葉がいくつかあるので,整理しておくと,以下のようになります。

 ・討論:どちらの立場が正しいかを決める話し合い
 ・議論:合意形成や意思決定のための納得解を決める話し合い
 ・対話:自由な雰囲気のなかで行われる新たな意味づけをつくる話し合い
 ・雑談:自由な雰囲気のなかで行われる気軽な挨拶や情報のやりとり
   (『問いのデザイン』安斎勇樹・塩瀬隆之 2000年 学芸出版社 より)

 いったい何が「思いやり」なのかといったことは,立場やその時置かれている状況などによって様々なとらえがあり,人によって違っていて「多様」なのです。そのことは,参加された皆さんも,そのように述べていました。だからこそ,自分とは異なる意見や考えに対して,性急に判断したり答えを求めたりするのではなく,「どうしてそのように考えているのか」と理解を深めることを大切に,「対話」を進める必要があるのです。

 「思いやりってなんだろう?」という問いについても,根本は,そうした「多様性」を理解するところが大事なのだろうというのが,共通した考えとして出てきたように思います。ただし,難しいのは,自分とは異なる意見や考えを受け入れることには,一定のストレスを感じるのが普通だということです。「多様性の理解」とは,言うのは簡単ですが,とても難しいことなのです。大人だってそうなのですから,子供ならなおさら難しいわけです。だからこそ,「多様」であることが,難しいことではなく,「楽しい」「興味深い」と感じることができるような学習経験を積ませることを学校では大事にしたいと考えています。

 結局,うまくいくことだけではなく,うまくいかない経験も含めて,それこそ多様な経験が大事で,経験を通して段々と学んでいくしかないのです。そうした経験を学びに変え,健全な成長につながるように支援していくのが,我々大人の役割なのでしょう。懇談会の参加者が,「対話」を通して「思いやり」に対する新たな意味づけができたのなら良かったなと思っています。

 今朝,とある学年の先生から,うまくいかないことがあったらしく大きな声で怒っていた子に対し,「そんなこと言わない方がいいよ。自分が嫌な気持ちになるんだよ。」と声をかけていた子がいたという話を聞きました。「思いやり」を感じる言葉がけだなと思いました。

(文責:校長)
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