故郷復興プロジェクト

 故郷復興プロジェクトは,仙台市内全小中学校児童生徒及び教職員が震災の経験や復興に向けた取組を語り継ぎ,風化させない意識を持って,将来にわたって地域社会に貢献する気持ちを育むプロジェクトで,震災以来様々な形で脈々と受け継がれてきました。
 震災から丸11年を迎えた今年度は,市内全小中学校で令和4年3月11日(金)に合わせて復興の思いを込めて折り鶴を折り,つなぎ合わせるという活動を行いました。このブログでも3月7日(月)に紹介しました。
 これ以外にも各校独自の取組をすることになっており,鶴中では教頭先生が「学年道徳」として2月24日(木)に1年生,3月3日(木)に2年生向けにオンライン授業を行いました(写真1枚目)。鶴中の教頭先生は震災当時,大川小学校からほど近い飯野川中学校に勤務していて,大川地区や雄勝地区から多くの避難者を受け入れた経験を持っています。震災で校舎を失った雄勝中学校の仮職員室もその飯野川中学校にありました。
 また,3月10日(木)にはGoogle Classroomで各教室をつなぎ,生徒会の司会進行で教頭先生と鮎貝先生の話を聞き,折り鶴作成の御礼と報告をし,「私にできること」をメッセージカードに書くという活動を行いました(写真2枚目)。
 3月11日(金)朝のあいさつ運動では,このメッセージカードを横断幕にして通勤・通学中の方々に挨拶をしました(写真3枚目)。
 今年の3月11日は,皆さんお気付きのとおり,震災当時と同じ曜日の並びになっていました。鶴中では翌日の卒業式に向けて会場準備や教室の飾り付けを行っていましたが,午後2時46分に全校放送を入れ,校舎内にいた全員で黙祷をしました。
 最後に,黙祷後,私が生徒に話したことを書かせてください。「皆さん,黙祷をありがとうございました。そして今日は,故郷復興プロジェクトとしてのあいさつ運動,花道をつくっての3年生の見送り,現在進行中の卒業式の準備と,たくさん活動してくれてありがとうございます。3年生の先輩たちのうれしそうな笑顔を見て,素晴らしい企画だったと感動しています。
 さて,ちょうど11年前の今日,この時間,東日本大震災が発生しました。今年は11年前と曜日の並びが同じで,あの日も金曜日でした。卒業式が終わったばかりの学校と,翌日に卒業式を控えている学校が半々ぐらいだったと思います。私が当時務めていた学校では卒業式とその後の片付けが終わり,ちょうど部活動を始めようとしていた時間に,とても現実とは思えないほど大きく,長い揺れが襲ってきました。その揺れは日本周辺における観測史上最大の地震であり,それに想像を絶する巨大津波と原発事故が加わりました。・・・(一部省略)・・・震災の被害が最も大きかった宮城県は日本のみならず,世界中から支援を受けました。その宮城県に暮らす中学生として,また,その中学生を育てる教師として,私たちには震災の記録や記憶を,その経験や感謝の気持ちを引き継ぎ,伝えていく義務があると私は考えます。
 皆さんがよく目にする「きずな」という言葉は,被災後の人と人とのつながりを象徴する言葉であり,被災地域の人たちにとって特別な意味を持っています。私たちは「3.11」を忘れてはいけないのです。そしてそこから一歩出て,「きずな」,つまり人と人とのつながりを忘れてはいけないのです。自分のことだけではなくて,自分の周りにいる人たちも大切にできなければいけないのです。今,世界で起こっていることに無関心でいてはいけないのです。
 今日「3.11」をまた新たな節目として,生きていることに感謝の気持ちを持ち続け,自分にできることを考えながら,よりよい世界づくりに加わっていってください。お願いします。」学年道徳生徒会復興プロ授業メッセージ作成
校長室から | - | -