縄文の森広場について
現代につながる縄文のこころとわざを体感

 仙台市太白区山田にある、「山田上ノ台遺跡」で発見された縄文時代の集落跡を保存・活用するために作られた施設です。
 野外には、竪穴住居や貯蔵穴などを復元した縄文ムラと、土器焼きや植物栽培を行う広場があります。周りにはクリやコナラなどを配置した森を復元し、縄文時代の集落を周囲の環境とともに再現しています。

関連リンク
ガイダンス施設

山田上ノ台遺跡について

 山田上ノ台遺跡は、昭和55(1980)年、宅地造成にともなう発掘調査によって、発見された遺跡です。
 調査の結果、旧石器時代、縄文時代、平安時代、江戸時代に生活の場所や墓地として使用された複合遺跡であることがわかりました。発見された縄文時代の遺構は縄文時代中期の終わり頃の、今から約4000年前のものです。竪穴住居跡が38軒、貯蔵穴や落とし穴が380個以上、ゴミ捨て場が3か所以上見つかり、大規模な縄文ムラであることが分かりました。
 このことが契機となり、遺跡を保存し活用をはかることとなり、縄文の森広場を建てることになりました。その後、平成18(2006)年7月15日に開館しました。

縄文ムラ

 発掘調査では、38軒の竪穴住居跡や木の実などを貯蔵した穴、動物を獲る落とし穴などが見つかっています。住居は見晴らしの良い台地の縁に、東西のグループに分かれて造られました。その内側は広場であったと考えられます。
 東側には同時期に建っていたことがわかった竪穴住居を3軒復元しています。また、周りには貯蔵穴や落とし穴、ゴミ捨て場などを地上表示し、縄文時代のムラの様子を再現しています。
 竪穴住居や貯蔵穴などの遺構も復元しています。

復元住居について


▲竪穴住居(9号住居)/復元

▲断面図

▲複式炉/復元
 3軒の竪穴住居を復元しています。復元にあたっては、最近、他の遺跡の調査でわかってきた、クリ材で骨組みを造った屋根に土をのせた土屋根タイプの構造を採用しています。
 いずれの住居も地面を円形に掘りくぼめて平らな床をつくり、その上に柱を立てて屋根を支えた竪穴住居です。入口にあたる床の南側には、小石で囲まれた土器と大きな川原石の石組みからできた複式炉と呼ばれる大きな炉があります。

縄文広場について


 縄文時代に広場だった場所を含めた西半分は、縄文人が作っていた作物を栽培する縄文畑、体験活動を兼ねた発掘調査を行う場として利用しています。
 また、野外にはムラや広場とともに、縄文時代の森の様子を復元しています。
 これまでの研究から、縄文ムラの近くには、現在の雑木林に近い、落葉広葉樹林の豊かな森が広がっていたことがわかっています。
 そこで、高木はクリ、クルミ、トチ、コナラなど、低木はタラノキ、ガマズミなど、草本ではササ、チガヤ、キキョウなどを植栽しています。
 中でもクリの木は、復元住居の近くに10数本をクリ林のようにまとめて植えています。
 また、広場の北西部にはさまざまな樹木を雑木林のように植えています。

管理・運営について

 仙台市より平成29年度から平成33年度までの5ヶ年間の指定管理者に指定された公益財団法人仙台市市民文化事業団が管理・運営を行っています。
※事業の詳細については「地底の森ミュージアム・仙台市縄文の森広場年報」をご覧ください。

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