中山その周辺の寺院・神社 概要2

No.
名 称
由 来
備 考

No.8

御嶽三吉神社

ごこくみよしじんじゃ

(仙台三山神社)

・三吉神社の石碑は江戸時代から建立された。

・1970年(昭和45年) 現在の神殿が落成。

・春祭りは5月第2土日

・秋祭りは10月第2土日

・伊勢堂山(通称天狗山ー東北と関東の天狗がこの山で相撲を取ったという由来がある。)に後嶽大神(木曽)太平山三吉神社(秋田)を合斎したのが,後嶽三吉神社である。

・また,仙台三山神社は,山形の官幣大社出羽三山神社の御分社である。

つづく

No.9

北山羽黒神社

はぐろじんじゃ

・1602年(慶長7年)に 伊達政宗により建立。

・祭神「倉稲魂命」

・例祭は,6月第1土曜日, 日曜日

・政宗の母(保春院)が嗣子を憂え,長海上人を湯殿山に参籠させた折り,湯殿山初代行者萬海上人の梵天を宿して生まれたのが政宗だと言われている。 (同社縁起に因る。             1716年)

・長海上人と慶印上人が,師の生まれ変わりとしての政宗に,上杉軍との戦いで大いに助勢した功が認められて慶印上人が開祖。

No.10

中山鳥瀧神社

中山鳥瀧不動尊

とりたきふどうそん

(平田稲荷神社)

 

・1966年(昭和41年) 本殿が落成

・1997年(平成9年)  不動堂が完成

・春祭は3月28日

・夏越祈祷 7月28日

・冬至祈祷 12月冬至入り

・1200年前,天平の初期,淳仁天皇の御代,中山仙人が在住した頃から,不動尊があったという言い伝えがある。

・ 政宗が猪狩を催した時に,滝壺から金色の鳥が現れ,金の御幣に変わったことから政宗が鳥瀧不動尊と称するよう,下令した。

・ 酉年生まれの守り本尊で,目の神様,家内安全,商売繁盛の祈祷所としても信仰を得ている。

◯ 中山周辺には,山を御神体とする信仰を表す神社や石碑などが多い

No.8 御嶽三吉神社

  ごこくみよしじんじゃ

   仙台三山神社

 御嶽神社は名称通り,木曽の御嶽山に由来するもの。「御嶽教」(明治15年に江戸時代からの「御嶽講社」を結集させ,政府の承認を得て改称されたもの)として,日本全国にその分社を持つ。また,三吉神社は,御嶽神社と合斎する以前から,太平山三吉神社としてこの地に石碑があり,土地の人々の信仰の対象となっていたものらしい。  また,仙台三山神社は出羽三山神社の御分社であり,社殿は,もともと鷺ヶ森にあった大山祗神社を移転したものである。

No.11  月急山三山不動尊

がっきゅうさんさんざんふどうそん

月急山は,江戸時代,伊達藩の武器庫があった所とも言われている。

この「三山」は出羽三山との関連が考えられ,また「不動尊」は鳥瀧不動尊をはじめ,全国にある「不動尊」の流れを組むものであろう。ここにあるいくつかの御神体を見ると,さまざまな信仰の対象が合斎されていることが分かる。

No.12  山神・水神

山神公園の高台にある「山神」の石碑の年号は,古くは明歴にさかのぼる。「山神」と共に「水神」の石碑もあり,この地が,農耕にたずさわる人々にとっての聖域であったことがうかがえる。

No.13  出羽三山の石碑

    でわさんざん

 「湯殿三大権現」を中心に右に「羽黒山大権現」,左に「月山大権現」と彫られた石碑は,やはり,「根白石街道」の辻に立っている。

 この辻には,この他にいくつかの小さな石碑もある。出羽三山の信仰と共に,村の結界を示す道祖心的な意味も持っていたのではないだろうか。

No.14 馬頭観音の石碑

    ばとうかんのん

梅田川沿いの貝ヶ森へ行く道路はもともと「根白石街道」とよばれたところである。

この道路沿いの二つの馬頭観音の石碑は,街道を通行中になくなった馬などの霊をなぐさめるために建立されたと言われている。

No.15 成田不動尊

   なりたふどうそん

東海林一男さん宅の敷地内にある。地図にも掲載されているが,40年ほど前,仙台が千葉県の成田山より,御神体を分けていただいたものとのことである。ただ,連絡をもらえば,中に入ってみてもかまわないそうである。

 

No.16 三峯山の石碑

    みつみねさん

 

東海林卯三郎・双葉建設によって,昭和40年12月に建立されたものである。

おそらく,中山団地の造成にともなって,新たにたてられたものであろう。

ただ,同じ敷地に,文化3年の文字である「山神」の石碑や,明治3年の文字が刻まれた,「山神」の石碑,鳥居のあとと思われる礎石が残されていることから,江戸時代から,何らかの信仰の地であったのではないかと思われる。

「山の神公園」の石碑との関連も考えられる。