2004年11月24日

No.132「町のいろいろな所に玄昌石が落ちている」

■玄昌石が落ちている、また、使われている所
水沢県庁記念館の屋根に玄昌石が使われている。
教育記念館の近くの道にふつうの石といっしょに玄昌石が混ざっている。
ふつうの道にふつうの石のように玄昌石がおちている。
■和洋折衷の和と洋の部分とその理由
山添喜三郎は洋風建築の和の部分に玄昌石を使うことにこだわった玄昌石は和洋折衷の和の部分にかかわってくる。
水沢県庁記念館の「和」は玄昌石を使っている屋根、「洋」は、いすや机など。
■教育資料館の洋風建築
2階のバルコニーが校舎の中心で、シンボル的な役割をしている。また、バルコニーから全教室が見える。
教育資料館は山添喜三郎が建築しており、当時の洋風建築はあたりまえだった。
校舎をコの字型にした理由は、校舎全体を知るために、また、授業の始めと終わりを知らせる鐘にも近いから、コの字型にした。
■建造物を現存させるための建築方法の工夫
工夫1、木抗を地下深く打ち込む。
工夫2、その上に粘土、砂、砂利、石灰などを混ぜ合わせたものをつき固める。
工夫3、さらにその上に、稲井石という石を切石としてすえる。
工夫4、それに土台をのせている。

投稿者 koriyama : 12:05 | コメント (14)