2004年11月24日

No.122「明治時代の洋風の建物がある」

■旧登米尋常小学校と旧登米警察署について
旧登米尋常小学校は、明治21年10月に建てられた、当時の洋風学校建築を代表する建物。
特徴的なのが二階バルコニーで、校舎全体の中心的な位置にあり、シンボル的な役割を果たしている。
旧警察署は、明治22年に建てられ、昭和43年まで登米警察署として使われた建物。
旧警察署は、建てられてから警察員と消防士が何回も階段を上り下りしていた為、階段がすり減っていて急になってしまった。
■山添喜三郎について
山添喜三郎とは、1843年新潟生まれの優れた洋風建築家。
山添喜三郎は新しい事が好きで、洋風建築は当時の新建築だったから。
山添喜三郎は仕事に極めて忠実でその結果仕事に対しては、ずいぶんと厳しかったようで、今でも次のようなエピソードが語りつがれている。一つ目は、洋風建築の工事の厳しさから山添に恨みを抱く者がおり、検査のため屋根に上ったところ、梯子をはずされて昼食になっても、夕食になっても下におりられなくされたこともあったと言う。
■山添喜三郎は、こうして洋風建築を伝えた。
1872年、オーストリアのウェーンで行われた万国博覧会で優秀な成績を残したから。
山添喜三郎は、日本独自の和風建築だけでは物足りなくて、和風建築の良さと、洋風建築の良さをミックスして擬洋風建築を伝えた。
擬洋風建築とは、構造は洋風のしっかり物で外観が洋風であること。
■尋常小学校は、現存する唯一の洋風建築の小学校だった。
宮城県内で尋常小学校は一つしかなかった。
尋常小学校の門は赤門の洋風建築だったが屋根は、和風建築だった。

投稿者 koriyama : 11:52 | コメント (10)