2004年11月24日

No.119「登米警察署には昔の名前がある」

■登米警察資料館の受付の人に聞いてみた
登米警察署は昔、金成警察署登米分署「とめぶんしょ」と言う名前だった。
すごい優秀な人がたくさんいる。
つまりチームワークのよい警察署だった。
警察資料館にある資料から上にある出来事が分かった。
■登米分署の活躍と登米警察署
さらに警察資料館の資料から次の事が分かった。
犯人を捕まえるなど事件を解決して数年で昇格した。
功績を挙げて警察官や警察署が出世した。
登米警察署「とよまけいさつしょ」と改めた。
■登米警察署の活躍と周囲の反応
警察署を見た人は洋風建築なのを見ておどろいた。
警察官の剣道大会や柔道大会で何度も優勝していて優勝旗がいくつもあった。
登米警察署は事件以外でも強かった。
剣道や柔道の大会の優勝旗は資料館の署長室にあった。
■登米警察署と登米の人たち
明治初期に登米警察署になる。
明治21年に登米警察署になる。
洋風建築の警察署を見て最初は驚いていたらしい。
今は資料館となっているが、資料館になるは、造った山添喜三郎、洋風建築に挑んだ大工、現存させようとした人いろんな人の努力があった。

投稿者 koriyama : 11:49 | コメント (11)

No.113「警察資料館のバルコニーは繁華街の監視のため作られた。」

■明治の登米の様子となぜ監視が必要だったのか
明治時代の登米は、舟運が盛んだった事により、にぎわいは相当なものだった。
そのときの登米は石巻よりも発展するだろうといわれていた。
監視が必要だったのは、登米の町が相当なにぎわいだったために人の往来も増えたため常に監視しておく必要があった。
■バルコニーからはいろいろ見える
バルコニーから見えるものは商店街、土手、広い道路などが見える
旧登米警察署のバルコニーは商店街の町並みなどの様子を見ることが出来た。
このようなことから、バルコニーは広い範囲を見ることが出来た。
■警察資料館の洋風建築とバルコニーはどの様なものか
バルコニーは見た目が良い。
警察資料館は見た目がとてもきれいだった。
警察資料館は見ただけでも、洋風建築と分かるような洋風建築であるが、利用価値もあった。
■旧登米警察署のバルコニーは繁華街の監視のためつくられた
昔の登米は、監視をしなければならないほどにぎわった街だった。
明治時代の登米はにぎやかな町だったが、今は、人影があまりない。明治の面影を残している。
今は、観光に来ている人もいる。だが、本当に明治時代の登米は活気があったのかと思うような街だった。

投稿者 koriyama : 11:43 | コメント (17)

No.1110「 明治時代の留置場のトイレは穴が開いてるだけだった。」

■なぜトイレを穴だけにしたのか
床の木造に穴を開けるだけの簡単な作業で造れたから。
また罪を犯した人のトイレなんて穴だけで十分だと考えられていた。
■穴が開いてるだけの狭い場所で、何人も入れさせられていた。
昼でも薄暗く、夜には真っ暗で何も見えない場所だった。
夏は暑く、冬は寒くて、とても厳しい場所だった。
幅は狭いが高さは結構広かった。
■警察署内の造りと工夫
見た目は小さいが、中は以外と広い。
留置場は2つしかなかった。
2階にはバルコニーがある。町が栄えていた登米には人の往来も増えていた。そのため街を監視する必要があった。
2階建てだった。
■旧登米警察署の留置場のトイレは穴が開いてるだけだった
トイレは角にあった。
穴だけのトイレはやりにくそうだった。
今はトイレを使用していないのに、消臭力が置かれていた。
穴と地面の距離が短いので臭いそうだった。

投稿者 koriyama : 11:41 | コメント (12)

No.108「明治時代の留置場は木造建築だった。」

■なぜ留置場を木造建築にしたのか
留置場が木の格子だった。
壁も木だった。
昔は建物を造るのにほとんど木をつかっていたから。
■留置場の中は
留置場の中は、昼でも薄暗く夜は真っ暗だった。
中にはトイレがあるがそのトイレは床に穴が開いてるだけだった。また中は狭く角の方には消臭力が置いてあった。
■外は洋風、中身は和風と洋風
和室もあったが狭かった。
二階は洋風になっていて広かった。
取調室には段差がついていた。
■当時の容疑者はつらかった
外観は立派、中も木造で、今から見るとあたたかみのある木造。
実際は、留置場はせまく、トイレは穴、上から見下ろされて

投稿者 koriyama : 11:40 | コメント (10)

No.102「警察資料館のバルコニーは遠見台だった」

■警察資料館のバルコニー(遠見台)を造った訳
警察資料館は旧登米警察署庁舎である。
バルコニー(遠見台)でまわりを監察するためにつくられた。
登米が盛んになったため事件が多発するようになった。
登米は舟運で発展して行き警察のほうも発展していった。
■バルコニーを造った人々
山添喜三郎は厳しい検査のもとバルコニーを建設した。
その厳しい検査にとおった材料で佐藤朝吉がバルコニーを建築した。
材料を厳しく検査しているため倒産する業者があった。
■山添喜三郎三郎のこだわり
屋根に使う瓦は一枚一枚重さを量り、これを一夜水に漬けて翌日又重さを量り吸水量を調べ、一定以上の量目の瓦は全て不合格としてはねられた。
建築材料である木材も検査が厳重で瓦と同じようにはねられている。
■遠見台のある旧登米警察署は山添喜三郎が設計しておしゃれで機能的な建物だった旧登米警察署庁舎(警察資料館)のバルコニー(遠見台)は、登米の安全を守るために造られた。
山添喜三郎は瓦と木材などの検査をして素材が悪いとはねた。そのため倒産するところも多かった。
旧登米警察署庁舎は県の重要文化財に指定されている。
山添喜三郎は旧登米高等尋常小学校も設計している。

投稿者 koriyama : 11:31 | コメント (15)