2004年11月24日

No.214「登米の貴重な文化財を私財を投げ打って守った人がいる」

■渡辺政人のことに詳しい人に聞いてみた。
明治25年12月2日に次男として宮城県登米郡登米町日根牛五郎峰38番地に生まれた。
明治大学の理事長だった。
昭和37年4月に紺綬褒賞、昭和39年12月に飾板木杯、昭和40年11月に民生安定功労者などの賞をもらっている。
■渡辺政人はこのようにして登米の文化財を守った
登米にまつわるものが外国に流れないように渡辺政人は集めて懐古館を建てて全て寄付した。
そして懐古館に渡辺政人コレクションという展示室を設けられて懐古館の名誉館長となった
■その結果・・・
懐古館に寄付したことにより登米町の名誉町民となった。
その後、紺綬褒賞、飾板木杯、民生安定功労者など3つの賞を受賞した。
高い地位つきいろいろな会長や社長になったという
■文化財を守った渡辺政人はすごい人だった
3つの賞をもらった(紺綬褒賞、飾板木杯、民生安定功労者)民生安定功労者は宮城県知事から受賞している。
渡辺政人は登米町のために私財を投げ打って登米の貴重なものを守った渡辺政人はすごい人だった

投稿者 koriyama : 11:03 | コメント (8)

No.206「渡辺政人の性格はやさしい人」

■渡辺政人の生まれ、した事
渡辺政人は、父徳兵衛、母かの、の次男として生まえる。(5人兄第の末っ子)
昭和37年4月紺綬褒賞。昭和39年12月飾板木杯受賞。
英会話、漢字、建築などの学校に通う。
■渡辺政人の性格
懐古館のおばさんがいうには、人のために、お金をつかい、やさしい人。
昔すごい経験をし、苦難を乗り越えた人だからこそ、やさしくなれると言っていました。
あと、懐古館を造るのに、寄付を送ったことも懐古館の人は、褒めていました。
■渡辺政人が寄付を送った理由
海外に伊達家の物を売る前に、懐古館を建て、展示してしまおうと思ったから。
そして、昭和36年から、一般に公開しています。その後、昭和63年から展示内容の充実を図るため増改築を行い、平成2年に新装開館し、貴重な文化財約130点を収蔵しています。
■渡辺政人は、本当に優しい人だった。
人のために多額のお金を使い、人だけでなく歴史的文化財にも関心を持った優しい人だった。

投稿者 koriyama : 10:56 | コメント (14)