2004年11月24日

No.227「森舞台の瓶は京都の能舞台の瓶と同様に配置している。」

■瓶の役割は
森舞台は謡曲会会員の要望で建築された。
舞台下の瓶は、演者が床を踏んだ時の音響効果を高めるためのもの。
■瓶の位置は西本願寺能舞台と同様に配置されている。
舞台下の瓶の向きや位置は京都西本願寺能舞台を参考に配置している。
瓶は全ての舞台に配置されているわけではない。
瓶の位置、向きは決まっているが、舞台によって多少異なる。
■森舞台関係者はこう言う。
平成8年にオープンした森舞台の建築には多くの専門家が協力し、「森舞台は、森に対し、また、能を愛する全ての人々に対して開放されている。」と設計担当者は言う。
森舞台は能だけでなく、落語の会場になることもあり、1時間900円で貸し出しも行っている。
時々夜に竹林から舞台をライトアップすることがある。
■瓶の位置は日本最古の能舞台を真似ている
舞台下の瓶の位置や向きは、現存する日本最古の能舞台・京都西本願寺北能舞台を参考に配置されている。
今回森舞台について取り上げてみましたが、資料が少なくて詳しく載せることは出来ませんでした。
舞台は予想よりも、とても質素でした。

投稿者 koriyama : 11:13 | コメント (9)

No.217「登米能で森舞台は、長年町民に受け継がれている」

■森舞台は、どのようにして建てられたか
地域文化の活動拠点として建設されたものである。
本格的な能舞台を備えて、平成8(1996)年6月1日にオープンした。
能舞台は、本舞台・橋掛り・地謡座・後座(横板)の四部分から成り、正面奥の鏡板には日本画家千住博製作の老松と若松(右側面)が描かれてある。
舞台の下に置いてある瓶は、演者が床を踏んだ際のポーンっと響くように置いてある。
■どうして受け継がれているのか
登米町には藩制時代から伝わる「登米能」をはじめ「岡谷地南部神楽」や「とよま囃子」など伝統芸能が盛んである。
■何故登米町に能があるのか、能の特徴・歴史は
何故登米町に能があるのは、ようきょく会があって会員の要望により森舞台がつくられた。
能は、藩制時代に武士しか見れなかった。
■登米能は、今も受け継がれている!
今も登米能をやっていて、長年町民に受け継がれている。
他の場所では、あまりやっていないため登米町でやっている。
年を通しての練習と毎年6月と9月に薪能として演目を変えて、上演している。

投稿者 koriyama : 11:05 | コメント (18)

No.208「能舞台の下に瓶がたくさんある。」

■森舞台の周りは自然的だった。
実際に見たら、竹林がたくさんあって、とても明るい感じの森舞台。
古代の森舞台を表すような現代、夜になると、ライトアップされる。
能舞台は、本舞台の橋掛かり・地謡座・後座(横板)の四部分から成り立ちます。
■瓶の上にある立派な建築
本格的な能舞台を備えて、平成8(1996)年6月1日にオープンした。
小鳥のさえずりがある、森・楓・竹林の中に森舞台がある。
その年の建築学会賞に輝きました。
■能をする前の準備・お祭りの時期。
能を演出する前、役者は鏡の前に立つ。
毎年、6月と9月に「秋祭りの」をする。
■舞台の下にある瓶は、大事な役割がある。
舞台の下に置いてあるたくさんの瓶は、役者が床を踏んだときの響かせるために置いてある。
「ポーン」と響く音響効果を高めるための大事な役割を担ってます。
瓶の位置・向きは現在する日本最古の能舞台であります。

投稿者 koriyama : 10:59 | コメント (16)

No.205「森舞台で結婚式ができる。」

■どうやって借りるのか?
1時間900円で借りることができる。
入場料は1人200円。
本当は能をやる所で6月と9月に年2回やっている。
落語をやることもある。
■森舞台を建てた理由
城下町を知ってもらうため。
ようきょうかい会の人達によって建てられた。
平成8年に建てられた。
■どんな建物か?
玄昌石で屋根ができている。
建築したのは、隅健吾さんで絵を描いたのは、千住博さんでその絵は100年ももつ。
建築学会賞に輝いた。
台の下にある瓶は、スピーカーのかわりになっている。
■森舞台は、結婚式にも適した現代的な建物だった。
木でできていたので、ドレスより着物だ。
和風な結婚式になるのでは?(和食)

投稿者 koriyama : 10:40 | コメント (14)