2004年11月24日

No.432「昔の裁判所は、判事が一人だった。」

■裁判官とは
裁判官とは、判決を決める人で本当は裁判官一人ではなく、判事達と話し合い、公平になるように、判決を決める。
だが、区裁判所は裁判官が一人で判決もひとりでやっていた。
■当時の司法制度こうだった。
大体4つの裁判所に分かれている。
これでも分かるように区裁判所は、一番下だった。
これは、明治23年司法制度(裁判所、構成法による)
■どんな区裁判所だったか
明治23年ごろから、今の水沢県庁記念館に、区裁判所という裁判所が出来た。
区裁判所は、一番下の裁判所で、境界争いや、未納金のさいそくなどの裁判をしており、市民に一番身近な裁判所だった。
区裁判所は今の簡易裁判所にあたる。
■昔は裁判が公平ではないときもあった。
判決を一人で決まるため、有罪か無罪か微妙なときは、その人の考え方で、左右されてた。
判決が左右されるなんて、今では考えられないと、思った。
でも、判事が一人なのは、区裁判所だけで、大審院は、判事が7人で合議制だった。

投稿者 koriyama : 10:27 | コメント (8)

No.427「臭い飯の語源は牢屋に関係ある。」

■旧登山警察署について調べてみた
登山の警察署は昭和43年からつかわないようになった。
使わなくなった理由は狭く古くなり機能的ではなかったから。
当時の警察署は、消防の仕事も警察の仕事の一つだった。
■牢屋の中
当時この牢屋は独房ではなく雑居房だった。
コレが牢屋の写真
牢屋の中には5.6人が一緒にはいっていた。
■牢屋について
昔は、鉄筋もコンクリートも無い時代だったから木しか調達できなくて牢屋は木造だった。
部屋には何にも無くてトイレがあるだけだった
脱走しないために外はレンガを使っていたがそれでも脱走する人はいた。
トイレはただの四角い石に穴があいてるだけだった。
■臭い飯の語源は・・・・・
昔は、トイレの臭いがきつくそのトイレの臭いをかぎながらご飯を食べていたので、牢屋で食べる飯を「臭い飯」と言うようになった。

投稿者 koriyama : 10:23 | コメント (5)

No.416「昔の留置所は中が質素。」

■警察関係の資料で調べてみた。
牢屋の鉄格子の、部分は昔は木だった。
鍵も無く、木で抑えるだけだった。
■それは、厳重だったのか?
昔は、脱獄する人は、まれにしか、いなっかたそうです。
凶悪犯は、木ではなく、鉄で、出来ていたそうです。
■木は腐らなかったのか?
やっぱり、腐ったそうです。
木は5年~6年ぐらいで、取り替えるそうです。
■実際にごらんください
牢屋の中は、トイレと布団しかない。

投稿者 koriyama : 10:13 | コメント (5)

No.409「明治時代の、昔の刑は、背中をムチで叩いたりした。」


■資料館の二階で実際に調べでみた
両手を押さえられてムチで叩かれてる絵もあった。
絵に描いてあった。
■登米警察資料館とは?
昔の事が色々分かるところ
昭和63年、県の重要文化財に指定されました。
■牢屋もあったので入ってみた
牢屋の中のはじっこにトイレがあった。
牢屋は一人部屋じゃなくて大勢でいた。
中は狭かった。
■昔の刑は背中を叩くと言う信じられない刑だった。
馬に踏みつぶされる刑があった。
今ではありえない事が書いてあった。
分からなかった事が分かって良かったです。

投稿者 koriyama : 10:04 | コメント (11)

No.407「警察資料館の留置所は、レンガ造り。」


■登米町警察資料館とは
21年に金成警察署登米分署から昇格。
昇格に伴って庁舎新築に着工し翌明治22年に落成しました。
明治の洋風事務所建築としては極めて珍しいもので昭和63年県の重要文化財に指定された。
本庁舎と併せて留置場を再現し、全国でも珍しい明治の留置場が付設されました。
■実際に留置所に入ってみた
中は、以外と広い。
この留置場は、独房ではなく雑居房だった。
トイレは、一番隅にあった。
ふとんは、わらで出来ていて薄かった。
■さすがに外はレンガだった
中は木だが、外はレンガで固められて、逃げられないようになっていた。
だが、逃げるひとも何人かいたそうです。
■旧登米警察署は、留置所のあるレンガ造りの白いペンキで塗られたおしゃれな建物だった。
警察署全体がレンガ造りだった。
外側は、白いペンキで塗られていた。
階段が急だった。

投稿者 koriyama : 10:02 | コメント (3)

No.405「警察資料館の留置所は、レンガ造りだった。」


■登米町警察資料館とは
旧登米警察署庁舎は、明治21年に金成警察署登米分署から登米警察署に昇格したのに伴い、庁舎新築に着工し、翌明治22年に落成しました。
明治の洋風事務所建築としては極めて珍しいもので昭和63年県の重要文化財に指定されました。
木造2階建て下見板張り白ペンキ塗り寄棟の瓦葺きで突き出した玄関は、上下とも吹き抜けで2階部分はバルコニーとなっております。
■留置場に実際に入ってみた
中は思っていたのりも結構広かった。
トイレははじっこの方に石みたいなものに穴があいてあった。
ふとんはわらで出来ていて薄かった。
この留置所は、独房ではなく雑居房だった。
中には結構な人数が入れる広さだった。
1つだけ小さな窓みたいなものが上の方にあった。
■さすがに外はレンガだった
中は木で出来ていて周り(外)はレンガで固められて、逃げられないようになっていた。
しかし、逃げる人も何人か居たそうだ。
■登米警察資料館は昔の留置場のあるすごい警察資料館だった。
警察署全体がレンガで囲まれていた。
レンガの上から白いペンキで塗られていた。
入って右側には白バイが2台、パトカーが1台が展示されていた。
本当の留置場が2つもあった。
2階には制服(男子用と女子用)が展示されてた。

投稿者 koriyama : 09:58 | コメント (2)