2004年11月22日

No.526「水沢県庁記念館の使用目的が変わっていった理由は『空き家になってもったいない』からである。」

■水沢県庁記念館とは・・・?
登米町寺池桜小路1番地にある、町指定の重要文化財。
玄関は堂々たる造りで、『入母屋造』という。
破風は狐格子で純和風だが、付属棟は洋風平屋建。
洋風の意匠の中に和風の手法を取り入れた、日本独自の和洋折衷建築と言える。
■水沢県庁記念館の歴史
明治4年に水沢県庁舎として建てられ、明治5年~8年(庁舎が一関に移される)まで県庁として使用。
小学校や老人センターなどに使用。
明治22年~昭和33年まで治安裁判所として使用。
平成2年に治安裁判所(明治22年頃)の姿に復元し、水沢県庁記念館として公開している。
■水沢県庁記念館の使用目的が変わっていった理由
明治5年~8年までは県庁として使用。
空き家になってもったいないので、小学校や老人センターなどに使用。
明治22年~昭和33年まで、治安裁判所として使用。
■水沢県庁記念館の使用目的が変わっていった理由は、『空き家になってもったいない』という、登米町の人達の思いからである
水沢県庁記念館は、県庁として使われた他に、『空き家になってもったいない』という理由で、使用目的が変わっていった。
隣接して、武家屋敷、春蘭亭、鉤型辻通りがあり、複合施設として明治の面影を伝えてくれる。
水沢県庁記念館の他の建物も、建物を大切にしよう、という登米町の人達の思いがあるのだと思う。

投稿者 koriyama : 14:08 | コメント (5)

No. 515「水沢県庁記念館で売られている石は、外にたくさん落ちている。」

■水沢県庁とは
水沢県庁舎は明治4年に建てられた。
明治8年になるまで使用され、その後県庁は一関に移った。
水沢県庁記念館で売られている石は、ふくろに数十個入っており、420円で売られている。
■落ちている石は
雨の日のためか石には黄色のコケが生えていた。
外には、その石がたくさんしかれてあった。
水沢県庁記念館の外の石は、大きいや小さい石などいろいろ種類がある。
■石の意味と様子
売られている石は、主に平らで、四角形に近い形をしている。
黒い色をしているが、少し輝く黒い石である。
石には魔よけの意味があると書いてあった。
■確かに売られている石は外にたくさん落ちていた。
水沢県庁記念館の石は、いろいろな所から来た旅行者などにお土産として売られている。
今の水沢県庁記念館の様子は、平成2年に復元されたもの。
水沢県庁は宮城県内の官公所建築を代表する建物。
洋風を取り入れつつ、和風も取り入れた建築である。

投稿者 koriyama : 13:56 | コメント (6)