2004年11月22日

No.533「登米警察署の留置場結構広かった。」

■登米警察署とは
明治22年に落成した。
昭和63年に県の重要文化財に指定された。
木造二階建てで二階部分はバルコニーとなっている。
昭和43年に新庁舎の落成に伴い警察署としての役割を終えた。
■留置場の様子
ドアは小さかった。
鉄ではなく木製でできていた。
中にはトイレがあった。
思ったより結構広かった。
■中に入ると結構広かった
留置場には一人ではなくたくさんの人が入っていた。
天井も結構高かった。
すきまは手が入るくらいの幅があった。
留置場は広かった。
■確かに登米警察署の留置場は広かった
昭和22年に作られた。
警察署にはパトカー、白バイクがあった。
警察署は木造だった。
留置場は広かった。

投稿者 koriyama : 14:14 | コメント (9)

No.506「登米警察署から脱獄する者はいなかった」

■登米警察署とは
明治22年に建てられ、登米警察署として使われた。
洋風を取り入れた、木造2階建てで、2階に吹き抜けのバルコニーがある。
屋根は、奇棟造り桟瓦葺きで、一部は平屋根になっている。
外壁は板張りにペンキを塗り仕上げてある。
■登米警察資料館の方はこう語る
Q脱獄した者はいましたか?
A「はいいません」
A「あそこから出るのは、当時は難しかったと思いますよ」といっていました。
■実際に見てみた
牢屋の周りは、がんじょうな木で囲まれていた。
牢屋の中には、窓があるものの窓には木がはめてある。
あとあるといえばトイレくらいだ。
このほかに外に出るところはない。
■牢屋から抜け出せるものではなかった
やはりあの牢屋からは当時の人では抜け出せないと思う。当時で抜け出せる人がいたら知りたいくらいだ。
狭く、古くなり、機能的ではなくなり、昭和43年から使われなくなった。
使われなくなり、その後は、水澤県庁敷地に建設された。

投稿者 koriyama : 13:48 | コメント (2)

No.504「登米警察署の制服は今まで4回変わった」

■登米警察署とは
明治22年に建てられ、昭和43年まで登米警察署として使われた。
明治の洋風事務所建築として極めて珍しいもので昭和63年県の重要文化財に指定された。
昭和43年新庁舎の落成に伴い警察庁舎としての役割を終えた後、商工会が使用していた。
昭和61年保存修理を行い、翌昭和62年に「警察資料館」として一般に公開されている。
■制服の歴史
警官の制服は10年には白と黒でした。
昭和21年にベイジュに変わってきた。
昭和27年に黒に変わってきた。
昭和51年に紺色に変わってきた
■登米警察資料館で見た制服の特徴
帽子のマークが変わっている。
黒や紺色の制服が多かった。
■たしかに登米警察署の制服は今までも4回かわった
時代の流れと、共に制服が変わってきていた。
制服をかっこよくし、憧れる人が多くなるようにしたい気持ちがあったのかもしれない。

投稿者 koriyama : 13:46 | コメント (3)

No.502「警察資料館は木造だった。」

■実際にいってみた。
警察資料館は、明治22年に建てられ昭和43年まで使われた。
昭和63年に現在の姿に復元された。
2階には吹き抜けのバルコニーがあり、洋風を取り入れた木造2階建である。
館内には、明治時代の警察署内の様子が再現された。
■構造について!
屋根は、寄棟造り桟瓦きで一部は、平屋根となっている。
外壁は、板張りにペンキ塗り仕上げです。
全体の意匠にも巧みに洋風を取り入れている。
明治中期の擬洋風建築として極めて珍しいもので、貴重な文化遺産といえる。
■木造なのはなぜ?
昔は、鉄筋もコンクリートもない時代だった。
当時地元で調達できる資材は木材のみだった。
留置所も調達できる資材は木造のみだった。
留置所も木造だった。
■確かに登米警察署は木造だった
木造の留置所の中は、けっこう広かった。
警察署には、パトカー1台、白バイクが2台あった。
木造の留置所・警察官の制服や装備等を展示してある。

投稿者 koriyama : 13:44 | コメント (6)