2004年11月22日

No.525「警察資料館は・・・日本唯一の警察資料館として公開されている。」

■実際に行ってみた。
明治22年に建てられた。
昭和43年まで登米警察署として使われた。
昭和63年に現在の姿に復元された。
■他にはこういうモノがあった。
警察官の制服。
白バイク、パトカー。(実際に乗れます。)
留置場。(中に入れます。)
手錠、銃などなど・・・。
■警察資料館の自慢。
明治中期の擬洋風建築。
構造にも、全体の意匠にも、巧みに洋風を取り入れている。
極めて珍しいもので、貴重な文化遺産となっている。
■警察資料館はたしかに日本唯一の警察資料館として公開されていた。
明治22年につくられ、昭和43年まで、登米警察署として使われ、昭和63年に復元された。
文化遺産になったのは、明治中期の擬洋風建築は、とても珍しいからである。
今では、日本唯一の警察資料館として、公開している。

投稿者 koriyama : 14:07 | コメント (3)

No.327「警察資料館は昭和43年まで登米警察署として使われていた。」

■警察資料館の人はこう語る
警察資料館は明治22年に建てられた。
昭和43年まで登米警察署として使われていた。
昭和63年に現在の姿に復元された。
登米警察署として約80年間使われた。
■建物の外見・特徴は
洋風を取り入れた木造2階建て。
外壁は板張りでペンキ塗り仕上げ。
明治中期の擬洋風建築として極めて珍しいもの。
屋根は寄棟造り桟瓦葺きで、一部は平屋根となっている。
■建物内部は
明治時代の館内の様子が再現されている。
木造の留置場、警察官の制服や装備等を展示している。
展示物の中でもパトカーは中に入ることができる。
警察官の制服のほか、消防士等の制服も一部展示してある。
■歴史ある建物として登米警察署はこれからも永遠に保存され続けるであろう
警察資料館は県指定の重要文化財に指定されている。
日本唯一の警察資料館として公開している。

投稿者 koriyama : 11:26 | コメント (4)

No.326「昔の警察官は消防の仕事もしていた。」

■警察に詳しい方はこう語る
明治20年8月に登米警察署となりました。
当時警察署には消防署がありました。
消防士は「火消」と呼ばれ住民の憧れの的でした。
そして昭和29年7月自治体警察登米町警察署が登米警察署となりました。
■警察官はこうして消防の仕事をしていた。
消防士警察官がかけつけた。
消防士は懸命な消火活動をする。
警察官は家に入り人を助け出し家財を運び出しました。
こうして警察官は見事に人を救い出した。
■ほかに警察官の仕事は
ほかにも伝染病予防や処置。
悪いことがおきないよう町の見廻り。
今と同じ悪いことをした人を捕まえる仕事をしていた。
警察官の中には仕事中に殉職する人もいました。
■いつの時代でも警察官は命懸けで町の平和を守っていた。
明治時代の警察署には消防署もあった。
いろんな所で人を助けていた。
警察官の中には治療中の伝染病がうつり殉職する人もいました。
そんな中でも警察官は自分の仕事をきっちりはたしていた。

投稿者 koriyama : 11:25 | コメント (12)

No.323「警察資料館にある制服の種類は25種類」

■「警察資料館とは、」
日本唯一の警察資料館として公開しているところ
貴重な文化遺産ともいえるところ
明治22年に建てられ、昭和43年まで登米警察署として使われたところ
木造の留置場・制服・装備等を展示しているところ
■制服の種類
音楽隊の服・活動服・機動隊の服・機動隊出動隊服
交通機動隊服・少年補導員服・防寒衣
警察服・少女補導員服・アメリカ服
警視庁服(男性)・冬服・夏服
■どんな人が、どんな服を着ていたか
音楽服・・・行進するときなど、曲を演奏する人が着る服
活動服・・・夜の見回りや、街の様子を管理する人が着る服
機動隊出動服・・・白バイ、パトカーで捜査に出る人が着る服
交通機動隊服・・・信号が故障したり、事故があったときに、指示を出す人が着る服
警察資料館にある制服は、25種類で、デザインも、様々だった
■昔よりも、服の種類が、減ったこと
今は、青などの色しかないこと
昔は少女補導員の服もあった
デザインが昔よりも多い

投稿者 koriyama : 11:23 | コメント (9)

No.322「明治時代にバルコニーから双眼鏡で監視している警察がいた」

■警察資料館に詳しい方はこう語る
建てられたのは、明治22年。
昭和43年「約80年」まで使用されていた。
遠見台とも呼ばれていた。
船着場や繁華街を見ることができた。
■バルコニーはこうした役割もしていた
昔登米小学校の校長先生が授業の様子を見たかった。
バルコニーを造り、そこに双眼鏡を置いた。
授業の様子を双眼鏡でみていたらしい。
バルコニーのうしろには、校長室がある。
■警察資料館のバルコニーでは
警察資料館の2階にあるバルコニーの名前は、吹き抜けバルコニーという。
そこから船着場を見ていた。
そして、悪いことをしている人を見たらすぐに捕まえに行った。
警察資料館では、いろいろな所をバルコニーでみていた。
登米警察官がバルコニーから双眼で北上川の所を見て悪いことをしていないかを見ていた。
今は、警察資料館のバルコニーからは、外の様子は、見られない。
■建てられたのは、明治22年
登米小学校の校長先生がバルコニーで授業の様子を見ていた。
バルコニーの名前は、吹き抜けバルコニーという。

投稿者 koriyama : 11:22 | コメント (9)

No.321「明治の犯罪と今の犯罪にはそんなに差がない」

■旧登米警察署庁舎
旧警察署は明治22年に建てられた。
旧警察署は昭和43年まで警察署として使われていた。
昭和63年に復元された。
明治中期の貴重な文化遺産といえる。
■明治の犯罪
窃盗・・・人の物を盗むこと。
暴行・・・人を傷つけること。
政治犯・・・政治のルールを乱す犯罪。
放火・・・人の物を燃やす。
■現代の犯罪
窃盗・・・人のものを盗むこと。
暴行・・・人を傷つけること。
人殺し・・・人を殺すこと。
誘拐(拉致)・・・人を連れ去ること。
■犯罪は100年たってもそんなに変わらない
明治時代には今と比べて人殺しの犯罪は少なかった。
明治時代にも窃盗の犯罪があった。
明治時代にも暴行で捕まる人がいた。
明治時代にも他人の家に火をつける迷惑な人がいた。

投稿者 koriyama : 11:21 | コメント (4)

No.320「登米には80年間も、警察署として使われた建物がある。」

■登米警察署に詳しい人はこう語る
登米警察署は、明治22年にたてられた。
登米警察署の設計監督をしたのは、「山添喜三朗氏」によるものだった。
昭和63年には、県の重要文化財に指定された。
登米警察署は狭く、古くなり、機能的じゃなくなったため使われなくなった。
■登米警察署のつくりについて
登米警察署は、洋風を取り入れた木造二階建てだった。
登米警察署は、二階に吹き抜けのバルコニーがある。
登米警察署の屋根は奇棟造り桟瓦葺きになっている。
登米警察署の玄関屋根下の壁には、今なお金色の警察紋章がある。
■現在の登米警察署について
昭和61年に保存修理行った。
現在の登米警察署は昭和63年に復元され登米警察署になっている。
登米警察署には、木造の留置所・警察官の制服などを、展示している。
また、登米警察署にはパトカーや、白バイが展示されている。
■警察資料館は、登米警察署として明治22年から、昭和43年までの約80年間使われた
登米警察署は、県の重要文化財に指定されている。
現在は、日本唯警察資料館として公開されている。
警察資料館は、確かに明治22年から昭和43年までの約80年間、登米警察署として使われていた。

投稿者 koriyama : 11:21 | コメント (4)

No.310「当時の警察官は消防の仕事もやっていた。」

■今とは違う昔の警察官の仕事
火事や風水の被害の警備。
火事が起きたときの消防の仕事。
事故があった所から人を助け出す仕事。
警察と消防の仕事場は同じ場所にあった。
■昔の警察官は本職と消防の仕事だけではなかった。
伝染病予防や、処置の仕事。(死んでしまうかもしれない病気でも)
伝染病の処置をしていた時亡くなった人もいる。
家財などを火事の現場などから運び出す仕事。
警察と消防が一緒の場所にあったのはたいへんだった。
■今と変わらない仕事
悪いことが起こらないための警備。
町の見廻り。
悪いことをした人をつかまえる仕事。
事件がおきた時の捜査。
■当時の警察は、消防の仕事もやっていた。働き者の警察だった。
昔の警察の消防の仕事は「火消」と呼ばれていた。
住民のあこがれの的だった。
今の警察官はバイクでの技術を披露することもある。
白バイの隊員は体格がよくなくて、はいけない。

投稿者 koriyama : 11:13 | コメント (4)

No.308「警察資料館にあるパトカーの後ろのドアは1度閉めると内側からでは1つしか開かない」

■資料館について詳しい人はこう語る
資料館は明治22年に建てられた。
それから80年間使われ続けた。
資料館には警察の制服や道具などが展示されている。
このことは、資料館を管理している阿部さんから聞いた。
■阿部さんの話
パトカーのうしろのドアは1度閉めると内側からでは1つしか開かない。
なぜかというとパトカーに犯人を乗せたとき逃げられないようにするためだ
パトカーのなかにはブザーもついている。
白バイも展示されている。
■当時の人はこのアイディアをどうおもったか自分で考えた
当時の人は、このアィディアをとってもすごい工夫だと思っていたと思う。
でも、僕は犯人の両側に座ればべつにやらなくてもいいんじゃないかと少し思った。
このパトカーは画期的な工夫だった。
■このパトカーはものすごい発明だった!
パトカーはうしろのドアを1度閉めると内側からでは開かない。
なぜかというと犯人を逃がさないためだ。
この工夫はいまでも使われていると思う。
このパトカーは今後もいろいろな人たちにしたわれていくだろう。

投稿者 koriyama : 11:12 | コメント (8)

No.303「旧警察署は、2階建て&バルコニーつきである。」

■旧警察署について
旧警察署は、宮城県登米群登米町にある。
明治22年に建てられて、昭和43年まで登米警察署として使われた。
そして、昭和63年に復元された。
旧警察署は、全体的にペンキでしあげられてる。
■なぜ、洋風建築なのか
警察署が建てられる前に、日本人が、外国へいった。
外国へ行った日本人は設計の勉強をしていた。
学校を卒業した後、日本へ帰ってきた。
警察署の設計をたのんだ。
■今の旧警察署は?
今は古くなり使われなくなった。
いがいに今では、機能的ではなかった。
貴重な洋風建築として残された。
その後、水沢県庁敷地と、建設された。
■今では素敵な警察資料館。
普通の警察署ではなくバルコニーがあるため今まで残されている。
昭和61年にも保存修理をうけた。
外見は、洋風だが構造は、和風であった。
今は、日本唯一の警察資料館となった。

投稿者 koriyama : 11:06 | コメント (5)