2004年11月22日

No.631「登米県という県があった。」

■登米のことが書いてある資料にはこうかいてある。
登米県は明治2年8月に合併してできた県であると書いてある。
■登米県はこうしてできた。
宇都宮藩管下におかされた栗原県の一部と、旧土浦藩取締地にある涌谷県という県をあわせて登米県となり、明治三年九月二十八日、石巻県の桃生・牡鹿、本吉三郡と登米県の志田・遠田・登米・栗原四郡を合して登米県とした。
■登米県は宮城県になる県だった
登米県は、明治四年に分割され、胆沢県と合併し、一の関県となった
ところが、翌十二月十三日、一の関県を水沢県と改称して、仙台県と、合併し、宮城県となった。
■登米町は所属する県が四回変わるというすごい所だった
今の宮城県の北のほうに住んでいる人は、宮城県のほうに入るか、岩手県のほうに入るかということがある地域なので、県名がころころ変わったりして、大変だとおもった。

投稿者 koriyama : 09:12 | コメント (6)