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2004年11月24日

No. 413「山添喜三郎の建築人生は和と洋のミックスだった


■建築家の山添喜三郎
新潟県巻町「角見浜」出身
東京に出て建築を勉強
日本で初めて万国博覧「ウィーン」に参加
日本建築を建てることになり、れんちく選ばれる
■洋風建築への道
洋風建築を勉強
明治9年アメリカ建国記念万博で出品しアメリカの建築を勉強
■帰国後紡績場を全国転々として建てる
仙台では、三居沢に紡績工場とその動力源の発電所を建てる
宮城県に迎られる
建築技手として迎られる
現在残っている建物は登米高等尋常小学校「代表作」
登米警察資料館
金童景閣「仙台芝庭」
■山添喜三郎の人生は和と洋のミックスだった
現在、見学に行くと説明がちがうが年配の人に聞くと話てくれる
登米高等尋常小学校と警察資料館は和洋折衷
仙台に娘が二人いる
和洋折衷は山添喜三郎が考えた
明治21年10月に尋常小学校が完成した

投稿者 koriyama : 2004年11月24日 10:11

コメント

山添喜三郎の一生がコレを見ればすぐ分かり分かりやすくて良い

投稿者 418 : 2004年11月24日 11:07

分かりやすく書けたね!

投稿者 416 : 2004年11月24日 11:14

僕も建築の事を調べていて山添喜三朗の事や和と洋のミックスなど僕の調べてない所もよく調べていました。

投稿者 420 : 2004年11月24日 11:16

 分かりやすいね

投稿者 416 : 2004年11月24日 11:22

山添喜三郎の事が分かりやすく書かれていたのでとても良かったと思います。

投稿者 330 : 2004年11月24日 11:51

もっと説明を濃くしたほうがいいと思う。チョットと分かりにくいところがあった。

投稿者 221 : 2004年11月26日 14:45

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