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2004年11月24日

No.425「登米では明治9年の小学校では生徒477人にたいし教員7名だった。」


■こうして授業をやっていた。
当時の教科書は文字がカタカナだった。
教科伝習所をつくり、教員を養成してそして代理の教員として授業をやっていた。
■昔は・・・・・
当時477人という数は、裕福な家庭が多かったから。
当時、小学校建設に多額の資金をかけていた。
登米の小・中学校が完全給食になったのは昭和39年1月からだった。
開校当時は、生徒300人余りだった。
■教育について・・・
明治22年には町の予算48%を教育にかけていた。
当時の授業は読書・作文・習字・算術などだった。
当時は、教育にかける熱意・意識が高かった。
明治31年(1888)には、なんと!!1000人を超えていた。
■登米では明治9年の小学校では生徒477人にたいし教員7名だった。
当時は、ちゃんと資格を持っていた教員は7名だった、だがその人数ではたりなかったため教育伝習所などからようせいをえて代理の教員として授業などをやっていた。
今と変わらないことは、教育にかける熱意などは今と同じだった。
そして子供にいろんなことを学んでほしいという気持ちも感じられる。

投稿者 koriyama : 2004年11月24日 10:22

コメント

生徒477人で教師7人は結構大変だと思います。

投稿者 617 : 2004年11月24日 10:36

資料には・・・というのがいいと思う。

投稿者 401 : 2004年11月24日 11:16

素晴らしい。

投稿者 406 : 2004年11月24日 11:33

沢山の生徒がいたのに対して7人の先生しかいないのは今では、ありえませんね。

投稿者 312 : 2004年11月24日 12:04

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