上杉山通小学校  学区の散歩道         目次へ 


第2回 上杉を走っていた鉄道があった?!

 HP担当者は,学生の時に幸町に住んでいました。その時分は,附属小学校の北側から宮町5丁目にかけての裏道をよく使用していました。が,何かしら違和感のある道路でした。上小に転勤してすぐの学区巡視中,その思いが鮮明によみがえってきました。その時の小さな疑問が,子供たちと上杉地区を学習中していたときに偶然にも解決しました。今回は,その道路が誕生した背景を紹介したいと思います。

 1922年(大正11年)仙台軌道が開業しました。まず北仙台(通町駅)から八乙女村間で開通し,その次の年には大和町吉岡まで延びました。最終的には昭和4年に中新田駅(現大崎市西古川駅)まで延長し,全長44kmの鉄道になりました。軽便鉄道としては異例の長い距離を有していました。

 その鉄道が上杉地区のどこを通っていたかというと,北仙台駅から東照宮駅の間です。ちょうど仙山線に平行するように線路が走っていました。(下の地図参照)

 北仙台駅がどこにあったかというと,数年前まで宮城交通の本社があったところ,現在はライオンズタワー仙台青葉が建っている場所です。その北仙台駅から,今のロイヤルホストの裏を通り,県道仙台泉線を横断し,上杉山中の北側を通り,附属小学校の北側道路につながりました。

 その仙台軌道も,台風による鉄橋の崩落やバス交通の発達から昭和34年に廃線になりました。その路線が廃止され,道路に生まれ変わりました。HP担当者が感じていた違和感は,実は線路が道路にと生まれ変わっていたことがその理由でした。
 その先に続く道(東照宮駅のガード 〜 小松島小学校の西側の道 〜 常磐台霊苑西側の道)をご存じの方は,「あれが線路だったのか!」と納得できると思います。ついでにいいますと,その線路は,小松島から台原中学校の下を通り,台原森林公園の中を走っていました。そうです。今の科学館の下を,可愛い機関車が走っていたのです。

 こうしてふとした疑問を調べてみると古い街並みには,意外な事実があるものですね。
 


     仙台軌道の路線図(通町から小松島3丁目にかけて)

        

仙台軌道:フォトアルバム
通町駅だったと思われるところから
北仙台方面を望む
仙台浅草も軌道の通り道だった。一際高いビルは
北仙台駅があったライオンズタワー仙台青葉
北仙台駅の跡には高層マンションが
ロイヤルホストの裏手を線路は走っていました。 この位置で県道仙台泉線を横断。まあ,当時は,
この道路はありませんでしたが。
上杉山中の北側の住宅地を線路は続く。線路の
面影は今も残っています。
ちょうど上杉山中の北東の角で台原から来る道と
交差します。
上杉山中のフェンスが微妙にカーブしているのは
線路があったためです。
盲学校の北側を線路は続きます。
ここは上杉6丁目と梅田町の境になっています。 東照宮駅があったところから東照宮を望む 鉄道ファンには有名な,仙台軌道と仙山線が
立体交差していたところ。