上杉山通小学校 学区の散歩道


第1回 上杉はなぜ「かみすぎ」と読むの?

 HP担当者が仙台に住むようになっていろいろと驚いたことがありましたが,その中でも上杉が「かみすぎ」と読むことには大変驚きました。事実,上杉を「かみすぎ」と読むのは全国でもここと北秋田市の上杉地区(ちなみに,ここには「かみすぎ」という駅があります)だけらしく,とても珍しい読み方だそうです。

見つけました!北秋田市上杉地区です。
秋田内陸線の上杉駅。「す」が消えかかって
いますが,確かに「かみすぎ」と読みます。
国鉄時代は「鷹角線」「角館線」「阿仁合線」
鷹巣と角館を結ぶローカル線でした。
それを秋田内陸鉄道が引き継ぎました。
ここは秋田杉の名産地で,その関係から
上杉「かみすぎ」の名が付いたらしいです。

  

  では,なぜ上杉は「かみずぎ」というのでしょうか?
 
 
その由来は,藩政時代までさかのぼります。藩政時代台の原は,仙台藩所有の杉林でした。(いまだにその面影はあります)その台の原が四代藩主綱村の時代に杉山台と称されるようになりました。仙台の城下が徐々に広がってきている時代で,杉山台に通じる南北の通りが,東二番町通から宮町通の間に何本か作られました。そしてその道が,「杉山台」(すぎやまだい)へ通じる道の意で,総称して「杉山通り」(すぎやまどおり」と呼ばれるようになりました。上杉山通とか中杉山通の名は杉山通の上下の位置を示したもので,お城のある西からこの順に並んでいたそうです。
 つまり,上杉がもともとの固有名詞ではなく,「上」はあくまでも「杉山通」の接頭語だったわけです。

  「一番お城側の,杉山通」,これが「かみすぎ」と呼ばれる理由なのです。 


 
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  新緑の愛宕上杉通り  仙台開府四百年記念事業で歴史的町名活用路線 
 に指定された二本杉通  
  北四番町通り側から見た二本杉通  視覚支援学校の敷地内ある二本杉
3階図書室テラスから  同じく中杉山通    花京院通側から見た中杉通  今も残る台原の杉林