宮城野散策 軍隊の跡地 H20.8.19

 今日は宮城野原周辺にある陸軍の跡地について紹介します。宮城野原周辺は一
時期,陸軍に関係する施設が集まっていました。

(PHOTO 仙台陸軍幼年学校の碑)       

 これは昭和14年に建てられた仙台陸軍幼年学校の碑です。明治30年に開校し,大正13年までの間多くの陸軍将校を養成しました。

 昭和22年に宮城野中学校がその跡地に建設され,現在に至ります。

(PHOTO 騎兵・捜索第二連隊の碑)

 これは騎兵・捜索第二連隊の碑です。もともと川内にあった連隊が大正14年に宮城野原に移りました。
 付近の住民は,毎日ラッパの音を朝の起床や夜の就寝などに,聞いていたようです。

 この碑は,宮城野原運動公園の近くにある,SEIYU前の歩道にあります。

(PHOTO 仙台市歴史民族資料館)

 当時,出征は夜中に行われ,子どもでも起こされて,手に小旗を持ち,お見送りをしたそうです。

 遺骨となって帰還するときも,夜中に起こされてお店の前に台をおいて,お線香をあげてお迎えしたそうです。

 日露戦争では,ロシア兵の捕虜が2000名余り,この宮城野に収容されたそうです。練兵場の営舎だけでは不足し,市内の寺院にも協力を依頼し,収容されたそうです。
 

(PHOTO 歩兵第四連隊の碑)
 当時の仙台市長は「捕虜に人道的態度で接するべきこと」と命じ,ロシア兵たちは,七夕祭りを見物したり,一般家庭に招かれたり,温かく処遇されたそうです。

 写真の碑には,西南の役から日清,日露戦争,終戦までの連隊の歩みが刻まれています。