宮城野散策 南目館   H20.8.18   

今日は,宮城野小学校の北に位置する,南目館(みなみのめたて)地区について紹介します。

(PHOTO 本校屋上からの自衛隊病院)

 現在,自衛隊の仙台駐屯地がある南目館は,昔,この地に館があったそうです。

 地図で確認すると,自衛隊病院の北東側にその跡があります。

 

(PHOTO 校長室掲示資料より)

 もともとこの館には,伊達氏よりも前に,この地を治めていた国分氏の重臣,喜多目氏が住んでいたそうです。

 国分氏は文治5年(1189)に源頼朝が平泉征伐のときに従って参戦し,その功労として,宮城郡国分荘三十三郷を与えられたそうです。

 国分氏は領内に35もの支城を築き,南目館は,重要な支城の1つだったようです。

(PHOTO 校長室掲示資料より)

 南目館は東西200m,南北150mの土塁を築き,さらに二重の堀をめぐらしていたと言われています。

 国分氏の17代盛重もここに居館したと伝えられていますが,慶長の初期に,伊達政宗に追われて,常陸の国の佐竹氏を頼って亡命し,喜多目氏も没落して,南目館も廃館となったそうです。
 
 昭和初期の地図によると,宮城野小学校付近は南目村と表示されていました。田や畑が多く,館の跡には2本の杉が残っていたそうです。