宮城野散策 「国分尼寺」     H21.1.6

 今日は宮千代児童公園から南に位置する国分尼寺について紹介します。


(PHOTO 国分尼寺入り口)
  天平13年(741)、聖武天皇の詔によって,国分寺と国分尼寺が建てられました。

 国分寺は国家鎮護と人々の無病息災を願って、国分尼寺は前世からの罪障を滅徐するために建てられました。

 国分寺は「金光明四天王護国之寺」といい、国分尼寺は「法華滅罪之寺」というのが正式な名称です。

(PHOTO 本堂)  口伝によりますと,聖武天皇と結婚した光明皇后の侍女・紅白御前が国分尼寺建立の話を聞き,願い出てこの国分尼寺に出家してきたそうです。
 その際に,皇后から生観世音菩薩像を頂いてきたと言われています。

 

(PHOTO 金堂の跡)
 歴代の天皇は国司に命じて尼寺の修理を督励していましたが,前九年の役,後三年の役後は荒廃しました。
 藤原氏が平泉に府を開いてから堂塔の修造をしたそうですが,文治五年の戦で陸奥国分寺とともに,焼失してしまいました。

 

(PHOTO 境内の様子)
 国分第15代盛氏が薬師堂ととも
に,この尼寺の殿堂と観音堂の修
造を行い,元亀元年龍泉員第二世
梵察を中興開山とし,曹洞宗に改め
たのだそうです。