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2004年11月22日

No. 630「旧登米高等尋常小学校校舎の廊下は外にある。」

■確かに廊下は外にあった
尋常小学校は洋風建築の建物で明治21年10月に造られました。
校舎は全て木造の二階建てで、正面に向かってコの字型に造られていた。
廊下は、校舎の内側にあり二階には吹き抜けのバルコニーがあった。
尋常小学校とは宮城県登米町にある小学校のことです。
■尋常小学校は山添喜三郎が設計した
山添喜三郎とは、1843年に新潟県で生まれた近代建築のパイオニアで、宮城県の建築技術の基盤を固めた人物。
山添喜三郎はヨーロッパで、約一年間西洋建築を熱心に勉強し日本館のロンドン移築にも携わりました。
喜三郎の仕事ぶりは、瓦一枚一枚までこだわるほどだった。
■雨や雪の時はどうしていたか
廊下は、雨風が射し込みとても寒く冬には床が凍って、とても危険でした。
一階の窓には霜よけひさしがあり、すこしは冬の対策がされていました。
■尋常小学校はすごい人の造ったすごい小学校だった
尋常小学校は造られてから百年も経過している。
国指定重要文化財に指定されている。

投稿者 koriyama : 2004年11月22日 09:11

コメント

どうして山添喜三郎は廊下を外側につける設計にしたんですか?

投稿者 613 : 2004年11月22日 09:39

廊下のことなんですけど、「冬には床が凍って、とても危険でした。」とありますが、そういう日はどうしてたんですか。それでケガはしなかったんですか。

投稿者 231 : 2004年11月24日 09:17

廊下のことなんですけど、「冬には床が凍って、とても危険でした。」とありますが、そういう日はどうしてたんですか。それでケガはしなかったんですか。

投稿者 231 : 2004年11月24日 09:18

昔の学校は外に廊下があったんですか!それに、尋常小学校が国指定重要文化財だったなんて初めてしりました。

投稿者 622 : 2004年11月24日 10:11

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