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2004年11月22日
No.613「登米の小学校は、明治9年、就学率が県内最大だった。」
■登米に詳しい資料にはこう書いてある
登米は宮城県石巻市にある明治2年8月宇都宮藩管下におかれた栗原県の一部と旧土浦藩取締り地で合わせてできた県である。
登米尋常小学校とういうと、明治に21年に造られた洋風建築を代表する建物である。
明治9年に登米高等尋常小学校は生徒数477人を数え、県内最大になった。
就学率はこうして最大になった。
小学校建設に多額の資金をかけたり、明治22年には町の予算の48%を教育にかけたりした。
■また、卒業者数を見ても教育にかける熱意・意識の高さが分かる
経済的に裕福な家庭が多かった。
義務教育ではないのに就学率が県内最大と言うのはすごいことだった。
明治9年(1866年)登米尋明常小学校の就学率は県内最大になる。
町は教育に対して多額の資金をかけた。
また舟運などが盛んだったため裕福な家庭が多かった。
■開校当初とその後について
開校当初は養雲寺での寺子屋でその後水沢県庁庁舎に移った。
さらに生徒数の増加にともない、明治21年(1881年)にこの尋常小学校の校舎が建てられた。
多いとき日は、生徒数が1000人を超えたときもあるという。
投稿者 koriyama : 2004年11月22日 09:01
コメント
分かりやす書いてあった。裕福な家庭があったんだ。
投稿者 1230 : 2004年11月24日 09:10
裕福な家庭があったんだ。とても分かりやすく書いてあった。
投稿者 1230 : 2004年11月24日 09:12
とてもわかりやすくくわしくかいてあってよかった。
投稿者 219 : 2004年11月24日 09:16
たくさん調べていて、よかったと思いました。
投稿者 121 : 2004年11月24日 09:37
分かりやすくまとまっているのでいいと思います!
投稿者 203 : 2004年11月24日 09:39