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2004年11月22日
No.531「山添喜三郎は業者に恨まれていた。」
■山添喜三郎とは
山添喜三郎は、1872年にオーストラリアのウィーンにわたった。
日本に「洋風の建築」を広めた人である。
すべての任務をおえたのは、1874年である。
仙台に来たのは、38歳ごろ。
■山添喜三郎はこんな事をした
旧登米高等尋常小学校校舎などを設計した。
今では、「国指定重要文化財」になっている。
ロンドンやイギリスにもわたった。
建築家・技師などの仕事もした。
■業者の恨み
あまりにも仕事に忠実で厳しかったため、業者に検査のために屋根に上がったところ、梯子をはずされた。(昼食になっても、夕方になっても降りてこられなかったと、おもわれる。)
梯子をはずされた以外にも、恨みを抱く業者から、川の中(堀の中)へ人力車もろともほうりこまれたこともある。
■偉大な山添喜三郎でも、恨まれていた
山添喜三郎さんはあまりに仕事に厳しすぎたため、恨まれたと思われる。
仕事に厳しすぎるのも、ほどほどにした方が良いと思う。
投稿者 koriyama : 2004年11月22日 14:12
コメント
全体的に、とても具体的で分かりやすくて良いと思います。思わず、『へぇ~』と思ってしまいました。
投稿者 526 : 2004年11月22日 14:29
わかりやすくまとめていていいと思います。
恨まれるなんて大変ですね~。
投稿者 533 : 2004年11月22日 14:39
恨んでいたなんて、はじめて知った。思わず「へぇー」と思いました。
投稿者 528 : 2004年11月22日 14:42
分かりやすくかかれてあったし、なぜ恨まれていた理由まで書いてあってよかったです。
投稿者 527 : 2004年11月22日 14:49
私も山添喜三郎をテーマに調べてまとめました。とてもスッキリまとめていて、具体的だし、分かりやすかったです。
山添喜三郎が仕事に厳しいことから、仕事一筋の様な人だと思いました。でも、それが人の恨みを買う事になってしまったんですね。
投稿者 514 : 2004年11月22日 14:51
山添さんが人に恨まれるなんて、あんまり仕事に熱心すぎたのかもと思いました。
投稿者 523 : 2004年11月22日 14:58
恨まれるなんて、ちょっとかわいそうだと思いました。
投稿者 532 : 2004年11月22日 15:02
仕事に厳しくて恨むのはひどいと思う。
投稿者 1232 : 2004年11月24日 09:14
仕事に厳しくて恨むのはひどいと思う。
投稿者 1232 : 2004年11月24日 09:15