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2004年11月24日
No.126「明治時代の登米の就学率は99%であった。」
■尋常小学校は、年々就学率が増えた。
1クラスの人数は30人~40人だった。
大正~昭和初期にかけての日本全国の就学率は50%だった。
大正~昭和初期にかけての尋常小学校の就学率は99%だった。
■授業料は50銭
尋常小学校の1ヶ月の授業料は50銭だった。
5人家族の1ヶ月に食べる米代は約1円ほどだった。
旧登米小学校の明治21年に5874円で建て
られた。今の金額にすると、79498716円になる。
当時の1000円とは、今の13000000円である。
■教室での生活
尋常小学校には、電気がなかった。
窓を大きくして太陽の光で明るくなった教室で学習していた。
真冬には角火鉢をたいて寒さからのがれていた。
子供たちはゆかたを着て生活していた。
教室には、オルガンがあった。
■明治の教育
戦時下には子供が減少したり、教科書のページや科目が減ったりした。
■その後日本では義務教育がはじまった。
明治の登米は就学率が99%を超えた、教育に熱心なとても豊かな町であった。
投稿者 koriyama : 2004年11月24日 11:58
コメント
とてもお金をかけて作った学校だったんですね。しかも当時の日本は半分ぐらいの子供しか小学校に入っていなかったのに、この小学校はほとんどが小学校に入っていたんですね
投稿者 328 : 2004年11月24日 12:25
尋常小学校に、電気がなくて窓を大きくして太陽の光で、明るして勉強をしていたことが、始めて分かりました。わかりやすい内容ですね。
投稿者 104 : 2004年11月24日 15:02
すごい就学率ですね。当時の登米の人たちは本当にお金持ちが多かったんですね。真冬は角火鉢をたいたって本当さむかったんですね。
投稿者 435 : 2004年11月26日 10:36
当時のお金だけだとあまりぴんとこないけれど、今の金額に直してあって、分かりやすいと思った。
投稿者 109 : 2004年11月26日 13:32
当時の登米尋常小学校に、
電気がなかったことは
全く知りませんでした。
今は電気がないと暮らしてい
けないけど、登米尋常小学校
の窓はとても大きかったので
あんまり学習面には影響は
なかったんですね。
投稿者 105 : 2004年11月26日 13:35
小学校の生活についてよく分かりました。寒さをしのぐ対策など詳しく書いてあったのがよかったです。
投稿者 106 : 2004年11月26日 13:39
日本全国と尋常小学校の就学率が書いてあると、どの位就学率のちがいがあったのかがわかるからいいと思う。その他にも教室での生活の様子についてもまとめられていていいと思う。
投稿者 101 : 2004年11月26日 13:40
尋常小学校は、1クラス30~40人なんて多くてびっくりしました。
投稿者 128 : 2004年11月26日 13:41
電気が無い・・・初めて知りました。
投稿者 129 : 2004年11月26日 14:14
尋常小学校のことについてよくわかりました。
投稿者 123 : 2004年11月26日 14:16
とてもいいと思います。
就学率のことや、昔のお金の金額
などが説明されていて良かったと思います。
投稿者 122 : 2004年11月26日 14:16