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先日お電話しましたMと申すものでございます。初めてお手紙を差し上げますことをご容赦ください。3月11日の東日本大震災におきましては,多くの方々が被災されました。心よりお見舞い申し上げます。
先日皆様が熱唱されました「あすという日が」「幸せ運べるように」を近くの店で買いました。「あすという日が」はテレビで放送され,また,皆様が東京で演奏されたことを知りました。
7月にCD発売され,早く買い求めようとしましたが,仕事や家事に追われ遅くなりました。この2曲は何回も聴かせていただきました。涙,涙でした。しばらくの間,涙が止まりませんでした。
私は,昭和15年12月に東京で生まれ,27歳まで東京で生活しました。遠い昔,日本は戦争に敗れ,私の父は37歳でフィリピンで戦死しました。東京ではアメリカ軍の空から爆撃が激しくなり,私の家は延焼を防ぐため破壊され,私たちは東京の北多摩郡(現在の西東京)へ避難しました。避難先では,食べるものがなく,母の着物などを代えて,農家の人の野菜や米と交換して,毎日過ごしていました。その後,昭和21年戦争が終わってまもなく私が5歳の時,たった一人の妹が亡くなりました。「あすという日が」の中に,「いっしょうけんめい生きること」そして「幸せ運べるように」の中の「亡くなった方々の分も毎日大切に生きてゆこう」というこの詞が,胸をとても打ちます。
被災された方々の事と私の育った65年前の出来事が同じように思いました。
私は信じています。皆様の町,仙台市が必ず復興する事を,だって皆様がこんなすばらしい曲を歌っているのですから。
私は,この2つの曲を聴いてとても感動しました。何かお礼をしなければと思いました。決して上手にできていませんが,毎日せっせといっしょうけんめい折りました。どうか受け取ってくださいね。
本当は皆様にお会いしてお渡ししたいのですが,妻が病気のため横浜を離れることができません。どうかかんにんしてください。
この折り鶴の意味は,皆様の中には何かの事情でお元気のない方もいらっしゃると思います。その方には元気で明るく過ごしていただきたいと思います。
お元気のある方には,もっともっと元気になって笑って過ごして頂くように折りました。どうかよろしくお願いします。
皆様には,明るい未来が待っています。強い気持ちで勉学に音楽に励んで頂きたいと思います。寒い季節になりました。お体を大切になさってください。ありがとうございました。
横浜市磯子区在住 M様から
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