仙台市歴史民俗資料館 

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資料館ノート

猿まわし


 猿まわしは千年以上の歴史をもつといわれる芸能で、古い資料では「猿曳(さるひき)」や「猿飼(さるかい)」と記されることもあります。
 古くは、猿をつれて(うまや)祭りの祈祷にまわり、祝言を唱えたもので、猿を馬の疫病除けのまじないとした中国の習俗によっていました(『国史大辞典』)。当初は武家や権力者を対象に行う儀式的なものでしたが、徐々に市中を歩いて一般の人々の前でも披露されるようになりました。そして、猿は「去る」に通ずることから「魔を去る」縁起のいい動物とされ、正月などのめでたい時期に厄除けとして家々の前で行われる、大道芸(だいどうげい)となりました。
 仙台と猿まわし芸能との関係は歴史が古く、江戸時代の仙台藩の猿まわしは猿引丁(さるひきちょう)(現在の青葉区土樋)に山王神社を祀り、別当(僧侶)が城下の士屋敷などをまわったといわれます。また、明治以降になると山口県などの猿まわしが仙台を訪れるようになります。戦時中には一時中断しますが、昭和25年(1950)に猿引丁のあった土樋で20年ぶりに山口県の猿まわしが復活したと話題になり、その様子が河北新報に掲載されました。
 その後、昭和30年代に猿まわしの歴史は一度途絶えてしまいます。しかし、俳優の小沢(おざわ)昭一(しょういち)さん等の尽力により、昭和52年(1977)に「周防(すおう)猿まわしの会」が結成され、翌昭和53年に猿まわしを復活させた中心人物のお一人が村崎修二(むらさきしゅうじ)さんです。その後修二さんは猿舞座を結成し、伝統的な「本仕込み」というお猿さんと日常生活を共にしながら芸を仕込む、最も難しいといわれる猿まわし芸能を行ってきました。
 現在では、平成17年(2005)に猿舞座に参加した息子の村崎耕平(むらさきこうへい)さんが、その中心的担い手として伝統的な猿まわし芸能を今に伝えています。

●猿まわしのようす
         
                        芸を披露する息子の耕平(こうへい)さんとお猿さん