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安養寺下瓦窯跡

陸奥国分寺や多賀城などの瓦を焼いた,奈良時代後半の窯跡。

あんようじしたかわらかまあと

安養寺下瓦窯跡

Anyoji-shita kawara-kama-ato

種別区分
生産遺跡
年代
奈良時代
面積
7,800㎡

所在地

宮城野区東仙台6丁目
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解説

安養寺下瓦窯跡は,市の北部にあり,JR仙台駅の北東約3kmに位置し,台原・小田原丘陵に立地している。面積は7,800㎡である。台原・小田原窯跡群の1つである。昭和47年(1972),昭和 62年~平成5年(1993)に古窯跡研究会・仙台育英学園高等学校考古学研究部により発掘調査が継続して行われた。18基の窯跡が確認され,その内の8基が本発掘調査された。窯跡は北側に向かって低くなる緩斜面に分布し,3つのまとまりに分けられ,南側から順に第Ⅰ・第Ⅱ・第Ⅲ群とした。第Ⅰ群は1~10号の10基で,いずれも地面を掘り込んだ上に天井を構築した半地下式の窖窯(あながま)である。主として重弁蓮華文(じゅうべんれんげもん)軒丸瓦,二重波文軒平瓦を焼成しており,年代は8世紀中頃から9世紀初頭である。第Ⅱ群は11~14号の4基で,地上式有階無段窯で,主として重弁蓮華文軒丸瓦,偏行(へんこう)唐草文軒平瓦を焼成しており,年代は国分寺創建期及び多賀城Ⅱ期に相当する8世紀中頃である。第Ⅲ群は15~18号の4基で,第Ⅱ群と同様の地上式有階無段窯である。主として重弁蓮華文軒丸瓦,偏行唐草文軒平瓦を焼成しており,年代は第Ⅱ群と同様,8世紀中頃である。窯跡群は北側の第Ⅲ群から操業が開始され,第Ⅱ群,第Ⅰ群と次第に南側の斜面上部に移っていくと考えられている。瓦の供給先は,多賀城,多賀城廃寺,陸奥国分寺,陸奥国分尼寺である。陸奥国分寺の創建期,多賀城第Ⅱ期・第Ⅲ期の主要瓦生産窯跡として操業していたと考えられ,奈良時代後半期の瓦生産の実態を知るうえで,貴重な遺跡である。

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